ショートショート工房

自作のショートショートを掲載します

ドキュメンタリー

「ドキュメンタリー番組を作りたいんです」

 ある若手監督が、テレビ局のプロデューサーに直訴した。

「ドキュメンタリーは金にならないから、正直乗り気はしないな」

「そうおっしゃらずに‥面白い題材があるんですよ」

「話だけは聞こう。手短に頼むよ」

「ありがとうございます。‥私が見つけたのは地球という星の物語です」

「そんな辺境の星の物語の、何が面白いんだ?」

「そうおっしゃらずに‥。この星は発展途上惑星の割に軍事兵器の開発が進んでいて、核分裂の原理を軍事利用するレベルまで来ています。彼らの言葉でこの兵器を『核兵器』と呼びます」

「あんな知能の低い野蛮人にそんなものを持たせたら、その兵器で戦争をして、絶滅してしまうだろう」

「ええ。私もそう考えていました。しかし、地球には全人類を何度滅ぼしても足りないほどの核兵器がありますが、彼らは絶滅せずに生きながらえているのです」

「それは妙だな。どうしてなんだ?」

「地球は国家という単位で陸地が分けられ、統治されています。その国家ごとに核兵器を保持することにより、お互いがお互いを牽制しているのです。自分の国家が核兵器を使用すれば、他の国家に核兵器で攻撃されるため、迂闊に攻撃できないカラクリです」

「なるほど。国家同士の絶妙な力関係で、辛うじて絶滅を免れているということだな」

「その通りです。私はその地球という惑星の緊張した国家間の関係を軸に、ドキュメンタリー番組を作りたいのです」

「なるほど、面白い」プロデューサーは頷いた。「ただし地味すぎるな。もう少し工夫しないと、予算は下りないだろう」

「工夫ですか」

「ああ、そうだ。例えばその国家のうちのどれかに、我々の兵器を使って攻撃を仕掛けてみよう。地球人達には我々が攻撃したと悟られない様にな。そうすれば、国家同士が疑心暗鬼となり、やがて最終戦争が開始されるだろう。一つの文明の終焉――それをテーマにすれば、なかなか派手でスペクタクルな番組が撮れるぞ」

「ちょっと待ってください」監督は慌てて言った。「ドキュメンタリー番組でそんなことをしたら、それはやらせですよ」

「気にすることはない。どうせ地球のテレビ局だって、同じような方法で番組を作っているさ」

地球侵略

「これから侵略するのは、彼らの言葉で地球と呼ばれている惑星だ。戦力を出し惜しみはしない。我々300億人で、この惑星を侵略する。情けは無用だ。地球を血の海に沈め、我々のユートピアを築こう」

 司令官の演説に、異星人の軍隊は咆哮で答えた。

軍隊は大気圏を越え、地球に着陸しようとしていた。異星人達は、生身で宇宙空間を飛び、ついにこの地球に辿り着いた。黒く禍々しい牙をむき出しにして、よく育った翼で空を羽ばたいていた。

「総員、突撃」

 司令官が命じると、異星人達は四散した。

 地球侵略の開始である。

 

 *              *              *

 

「次のニュースです。本日、世界各国で新種の蚊の大量発生が発生しました」

タイムマシン

「博士、ついにやりましたね」

「ああ、ついにタイムマシンが完成した」

 ある研究所の一室で、博士と助手は開発の成功を祝い、ささやかな祝杯を挙げていた。

「この研究は君がいなくては成功しなかっただろう。本当にありがとう」博士は一礼した。

「そんな‥恐縮です」

「お世辞ではない、本当だよ。君がいなければ、この莫大な量の計算は、私だけでは手に負えなかった。感謝のしるしとして、このタイムマシンを初めて使用する権利をあげよう。人類初の時間旅行者になれるぞ。どこか行きたい時代はないかい?」

「本当にいいのですか?」助手は目を輝かせた。「私は幕末の日本史が好きで、中でも新選組が大好きなんです。ぜひ、新選組が活躍していた160年前に行きたいです」

「若いのになかなか渋いな」博士は苦笑した。「では、乗りたまえ」

「ありがとうございます」

 博士と助手の二人はタイムマシンに乗り込み、池田屋事件の起こった1864年へとタイムスリップした。

 

 博士がタイムマシンのドアを開けると、見渡す限り荒野が広がっていた。地面は干からびて地割れを起こし、辺りに植物は見当たらなかった。

「おかしいな、場所を間違えたかな」

「あっ、でもあそこに人の姿が見えますよ」

 助手が遠くの人影を指さした。目を凝らしてみると、裸の筋骨隆々とした男が歩いていた。さらに目を凝らすと、辛うじて下半身に布をまいていた。片手には石器、もう片方の手には動物の肉が握られていた。

「原始人のようですね。私たちは間違って旧石器時代に来てしまったみたいです」

「いや、そうではないな」博士は青ざめながら言った。「どうやら内蔵されていた超光速粒子の位相が、設定ミスで逆転していたようだ」

「つまり、どういうことですか?」

「我々は160年前ではなく、間違って160年後の未来に来てしまったのだ。この荒れ果てた世界は未来の地球で、あの原始人は我々の子孫だ」

目玉商品

とある商社に、一台のロケットが帰還した。

「ただいま帰りました」

 スーツを着こなした、いかにも営業職の男がロケットを降りて、上司に一礼した。

「ああ、帰って来たか。今回はどこまで出張していたんだい?」

「地球です。ここからおよそ六千光年離れた惑星です。わが社の新しい目玉商品を探すべく、星の隅々を巡って参りました」

「ああ、あの発展途上惑星か。あそこには大したものはないだろう。文明のレベルも、衛星までの有人飛行がやっとで、ワープ航法すらまだ開発されていないだろう」

「ええ、まるで蛮族の世界でしたよ。仕事でなければ、二度と行こうとは思いません。――しかし、思わぬ掘り出し物もありました」

「掘り出し物?」

「これです」男は透明なケースを取り出した。

「これは――」上司は息をのんだ。「美しいな。スマートなフォルムも良いし、なにより体の光沢が神々しい」

「やはりそう思われますか」男は嬉しそうに言った。「私も一目見て、惚れこんでしまいました。それに繁殖も容易なんです。実際に旅の途中で、どんどん増殖していきました」

「素晴らしいの一言だよ。よく見つけてきてくれた。わが社の新たな目玉商品として売り出していこう」

「ありがとうございます」

「君の出世は決まったも同然だよ。わたしも君を推薦したものとして、そのおこぼれにあずかるつもりだがね」

 二人は目を合わせて、大きく笑った。

 この惑星に空前の地球産ゴキブリブームが起こるのは、僅か3か月後の出来事だった。

貧乏神

 ある日突然、俺の小汚いアパートに、小さな薄汚い男が現れた。

「誰だ、お前は?」

「誰って――貧乏神だよ」男はにやりと笑った。黒く汚れた歯がむき出しになった。

「ふざけるな、不法侵入者。出て行けよ」俺は貧乏神に紙くずを投げつけたが、紙くずは男を素通りして床に落ちた。俺は目を丸くした。そのあとボールペン、イヤフォン、ワイシャツなど目に留まったものを片っ端から投げつけたが、全て素通りした。貧乏神かどうかは知らないが、少なくとも人間ではないようだ。

「残念、そんなことをしても無駄だ。ワシが誰にとりつくかは、ワシ自身が決めることだ。お前に選択権はない」

「何だって? なんで俺なんだ」

「お前は貧乏くさいからな。この部屋もろくに手入れされておらず、居心地がいい。しばらくはお前のところにいることを決めたよ」

 俺は貧乏神を睨みつけながら、歯ぎしりした。確かに俺は安月給だし、ここのアパートもこの一帯では最低の家賃だ。

「貧乏くさくて悪かったな。しばらくってどのぐらいだ?」

「人間の時間だと七、八十年かな。ワシとしてはちょっとした夏休みぐらいだ」

「俺にとっては一生分の時間だよ。本気で言ってるのか?」

「そうだ。まあ、貧乏はするし出世はできないし、ろくな人生にならないと思うが、よろしく頼むぞ」

 俺は激怒して貧乏神を殴りつけたが、こぶしは空を切り、俺は派手に転倒した。貧乏神の高笑いが、部屋にこだました。

 

 男が貧乏神だというのは本当だった。それからの俺の日々は地獄だった。財布を落とすわ、空き巣にはあうわ、怪我をして入院する羽目になるわ、勤めていた会社は倒産するわで僅か1か月足らずで俺は無一文となってしまった。もはや来月の家賃を払える貯金すらなく、俺は少ない荷物をまとめてアパートを出ることになってしまった。

「お前、これからどうするんだ?」貧乏神がニヤニヤしながら聞いてきた。

「とりあえず、ネットカフェに泊まって、日雇いの仕事をさがすよ」

「大変だな」

「誰のせいだと思ってるんだ」俺は怒鳴った。

貧乏神はどこ吹く風という表情だったが、「一つだけ、ワシと縁を切る方法があるぞ」とだけ言った。

「何だって。どうすればいいんだ?」

「ワシ以外の神にとりつかれればいいんだ。そうすれば、ワシは出ていかざるをえない」

「なるほど」

「ただ、神様なんてそうそう会えるものではないぞ」

「やってやる。お前と縁を切るためなら、俺は何でもやってやる」

 俺は血眼になって神様を探した。毎日路上を何十キロも歩き回り、時には排水溝や空き家までのぞき込み、時に警察に職務質問されながらも、ひたすら探し続けた。

 ついに明日の食費すら尽きるころ、ようやく俺は身なりの綺麗な神に巡り合うことができた。

「すみません、失礼ですが、あなたは何の神様ですか?」

「名乗れるほどのものではございませんよ」スーツをビシッと着込んだ、上品な紳士は朗らかに言った。「しいて言えば、解放の神といったところでしょうか」

「すばらしい」と俺は言った。「ぜひ、俺にとりついて下さい」

「いいのですか。今まで、とりついて欲しいといわれたことなど初めてです」

「もちろんです」俺は大きく頷いた。「おい、貧乏神、これでお前ともお別れだ」

 貧乏神は「せっかく居心地がよかったのに、残念だよ」と言い残し、去っていった。それを見て、俺は満面の笑みを浮かべた。

「さて、解放の神、これからよろしくお願いします」

「ええ、短い間ですがよろしくお願いします」

「短い間?」俺は首を傾げた。

「ええ」紳士は屈託のない笑顔で笑った。「何か誤解があるようですね。私は人間を下らない人生から解放する神、いわば死神ですよ」

時代考証

「先生、ここの部分の描写がおかしいですよ」

小説家の原稿を読みながら、編集者が言った。

「あれ、そうかな?」小説家は首を傾げた。

「主人公が牛乳を飲むシーンですが、牛乳はほとんど流通していません。稀少で手に入れるのは困難だと思われます」

「そういうものかな。でも、小説はあくまでフィクションなんだから、少しぐらい事実と違っていてもいいんじゃないかな?」

「ダメです。検索すれば、いい加減な描写はすぐにバレてしまうんです。突っ込みどころは減らしておくにこしたことはありません」

出版社の小さな会議室で、年配の小説家と若い編集者が打ち合わせをしていた。

「分かった。君の言う通りに直しておこう」

「ありがとうございます。あと、ここの卵料理の描写もいただけませんね。卵は高級品です。主人公は富豪ではなく、ただの一般人なんですから、注意してください」

 小説家は苦々しく笑った。

「分かったよ。ついこの間まで、牛乳も卵も普通に安く手に入ったものだから、いまだに受け入れがたくてね。現代を舞台にした小説を書くだけで、こんなに苦労するとはね」

「仕方ありませんよ。5年前とその後では、世界の食料事情は全くことなりますから。世界の人口が150億人を超えたあたりから、世界中で食糧不足が生じて、世界中で餓死者が多発していますから、毎日米と大豆ばかりとは言え、生きていられるだけでもありがたいことです。この国でも卵や牛乳なんて、超がつくほどの高級料亭でも抽選で提供している始末ですからね」

「全く、寂しい時代になったな」

惚れ薬の効果

「よし、これで99%完成だ」とピンク色の薬瓶をみながら、博士は笑った。

「やりましたね、博士。ここで研究を開始してからの5年間、長かったですね」助手も笑みを浮かべた。

「ああ。これでようやく惚れ薬の完成だ。この香水を男がつければ、薬の臭いでどんな女性でも惚れさせることができる。理論は完璧だ。あとは、実際に使用してみるだけだ」

「僕はまだ、理論が完全には理解できていません。博士はすごいです」

「そんなに大したものではない。臭いの受容体を通して、女性ホルモンを活性化させるだけの話だ。これでようやく――いや、何でもない」

 私にも恋人ができる、と言いかけて博士は途中で止めた。博士には今まで、恋愛の経験が無かった。いや、正確には恋愛が成就した経験が無かった。中肉中背のさえない容姿、理屈っぽい話し方、清潔感の無い身だしなみは女性受けがいいとは言い難かった。惚れた女性がいたこともあったが、今までまともに相手にされたことがなかった。

『あなたのことは男性として見られません』、『悪いけど、連絡しないで貰えますか?』、『付きまとわれて正直迷惑です』、『気持ち悪い』――今まで散々、女性から心無い言葉をかけられてきた。皮肉なことに、その経験が研究への大きなモチベーションとなっていた。

「では、あとは特許の申請と、製薬会社への売り込みですね。アポイントメントをとってあるので、僕は少し出かけてきますね」

「ああ、よろしく頼むよ。仕事ができる部下がいると助かるよ」

「ありがとうございます。では、行ってきます」

 助手は研究所を後にした。

 それを見計らって、博士は薬瓶をポケットに入れ、一張羅のスーツに着替えた。

「――さて、私もでかけようか」

 

 

 街に出て博士は道行く女性を物色した。

 今までは半ば女性恐怖症になりかけて、普段なら女性と目をあわせない様にしていた。しかし、惚れ薬があるとなると話は違う。さえない男が、女性を探し回る姿は通行人から不気味がられたが、興奮した博士はそこまで気が回らなかった。

 やがて博士は美人でスタイルが良く、気の強そうな女性に標的を定めた。今までであれば、全く相手にされなかったタイプの女性だ。

 博士は襟元に惚れ薬を数滴垂らし、その女性に近づいた。

「あの‥もしよろしければ‥これから一緒に‥お食事でもいかがですか」

 博士が勇気を出して声を絞り出すと、女性の目が爛々とした。

「え、このワイシャツ何処で売ってるんですか?」

「えっ? その辺の紳士服店で買ったものですが――それより、一緒にお食事はいかがですか?」

「食事は行きません。こんなに気持ち悪い人にナンパされたの初めてです。でも、どこの紳士服店でワイシャツを買ったのかだけ教えて頂けますか?」

 博士は目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 

 結論から言うと、惚れ薬の開発は失敗だった。理由は不明だが、男の体に薬の臭いをつけても、女性を惚れさせる効果は無かったのだ。しかし、洋服などの無機物であれば、目的通りの効果が得られることが分かった。

 その日、博士は研究所に戻ると、号泣して研究所の内部を破壊した。そして、大量の女性ものの洋服を取り寄せ、そのまま洋服店を開店した。店内に惚れ薬を撒くと、女性客がひっきりなしに来店した。服の一枚一枚に振りかけると、少し高価であっても、面白いほどたくさん売れた。徐々に店舗は増えていき、今では全国各地に支店を構えている。

 業界最大手の洋服店経営者となり、博士は巨額の富を得た。今では美人な奥さんと、若い愛人達に囲まれ、幸せに生活しているという。