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惚れ薬の効果

「よし、これで99%完成だ」とピンク色の薬瓶をみながら、博士は笑った。

「やりましたね、博士。ここで研究を開始してからの5年間、長かったですね」助手も笑みを浮かべた。

「ああ。これでようやく惚れ薬の完成だ。この香水を男がつければ、薬の臭いでどんな女性でも惚れさせることができる。理論は完璧だ。あとは、実際に使用してみるだけだ」

「僕はまだ、理論が完全には理解できていません。博士はすごいです」

「そんなに大したものではない。臭いの受容体を通して、女性ホルモンを活性化させるだけの話だ。これでようやく――いや、何でもない」

 私にも恋人ができる、と言いかけて博士は途中で止めた。博士には今まで、恋愛の経験が無かった。いや、正確には恋愛が成就した経験が無かった。中肉中背のさえない容姿、理屈っぽい話し方、清潔感の無い身だしなみは女性受けがいいとは言い難かった。惚れた女性がいたこともあったが、今までまともに相手にされたことがなかった。

『あなたのことは男性として見られません』、『悪いけど、連絡しないで貰えますか?』、『付きまとわれて正直迷惑です』、『気持ち悪い』――今まで散々、女性から心無い言葉をかけられてきた。皮肉なことに、その経験が研究への大きなモチベーションとなっていた。

「では、あとは特許の申請と、製薬会社への売り込みですね。アポイントメントをとってあるので、僕は少し出かけてきますね」

「ああ、よろしく頼むよ。仕事ができる部下がいると助かるよ」

「ありがとうございます。では、行ってきます」

 助手は研究所を後にした。

 それを見計らって、博士は薬瓶をポケットに入れ、一張羅のスーツに着替えた。

「――さて、私もでかけようか」

 

 

 街に出て博士は道行く女性を物色した。

 今までは半ば女性恐怖症になりかけて、普段なら女性と目をあわせない様にしていた。しかし、惚れ薬があるとなると話は違う。さえない男が、女性を探し回る姿は通行人から不気味がられたが、興奮した博士はそこまで気が回らなかった。

 やがて博士は美人でスタイルが良く、気の強そうな女性に標的を定めた。今までであれば、全く相手にされなかったタイプの女性だ。

 博士は襟元に惚れ薬を数滴垂らし、その女性に近づいた。

「あの‥もしよろしければ‥これから一緒に‥お食事でもいかがですか」

 博士が勇気を出して声を絞り出すと、女性の目が爛々とした。

「え、このワイシャツ何処で売ってるんですか?」

「えっ? その辺の紳士服店で買ったものですが――それより、一緒にお食事はいかがですか?」

「食事は行きません。こんなに気持ち悪い人にナンパされたの初めてです。でも、どこの紳士服店でワイシャツを買ったのかだけ教えて頂けますか?」

 博士は目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

 

 結論から言うと、惚れ薬の開発は失敗だった。理由は不明だが、男の体に薬の臭いをつけても、女性を惚れさせる効果は無かったのだ。しかし、洋服などの無機物であれば、目的通りの効果が得られることが分かった。

 その日、博士は研究所に戻ると、号泣して研究所の内部を破壊した。そして、大量の女性ものの洋服を取り寄せ、そのまま洋服店を開店した。店内に惚れ薬を撒くと、女性客がひっきりなしに来店した。服の一枚一枚に振りかけると、少し高価であっても、面白いほどたくさん売れた。徐々に店舗は増えていき、今では全国各地に支店を構えている。

 業界最大手の洋服店経営者となり、博士は巨額の富を得た。今では美人な奥さんと、若い愛人達に囲まれ、幸せに生活しているという。